
『暗号解読』を読んだのは、映画『イミテーション・ゲーム』を観て暗号機エニグマに興味を持ったからでした。
エニグマは、第二次世界大戦でドイツ軍が使用した史上最強と言われる暗号機です。
エニグマによって生成される暗号は非常に複雑で、解法(鍵)のパターンは159,000,000,000,000,000,000通り。しかも鍵は日替わりで変わる。
人力で鍵を突き止めるのは事実上不可能で、連合軍側にはエニグマを解読する機械の開発が求められました。
『イミテーション・ゲーム』では天才数学者アラン・チューリングを中心にエニグマ解読が描かれますが、短い映画の中ではエニグマの仕組みや具体的な解読方法の描写は多くありません。
映画を見て暗号やエニグマの仕組みに興味を持った方、暗号の歴史や解き方に興味がある方に『暗号解読』はおすすめです。
『イミテーション・ゲーム』に出てくる暗号がよくわかる!
なんで、エニグマは史上最強なのか。
なんで解読するのがそんなに難しいのか。
あのドデカイ解読マシーンで、いったい何をやってるのか。
そもそも暗号ってどういう仕組みなのか。
このあたりの、映画『イミテーション・ゲーム』を観て浮かぶ暗号についての疑問のほとんどすべては本書『暗号解読(上)』でわかりやすく説明されています。
古代の暗号からエニグマに至るまで、暗号の作成と解読の歴史が興味深いエピソードとともにまとめられている。
本書を読んでから映画を観ると、もしくは映画を観てから本書を読むと、映画内のいくつかのシーンの理解も深まります。
換字式暗号と頻度分析
映画では、チームから離れて1人でマシンを設計しているアラン・チューリングに対して、チェスの英国チャンピオンでありチームリーダーであるヒューが「成果を出してるのは我々だ、頻度分析で解読が進んだ」という発言をしているシーンがあったと思います。
頻度分析について映画では説明はありませんが、これこそ換字式暗号(単アルファベット換字式・単一換字式)を解く基本技術。
換字式暗号は、メッセージの文字を別の文字に置き換える暗号です。
頻度分析は暗号文に出現する文字の頻度を調べて解読をしていく手法。アルファベットの各文字が一般的な文章内に一般的に出現する頻度はわかっていて、英語の場合は e が最頻出文字。t、a がそれに続きます。
単純な単一換字式暗号であれば、暗号文の各文字の出現回数を数えることで、暗号文内の最頻出文字=e、二番目の頻出文字=t、三番目の頻出文字=a ...という仮定が容易に立てられる。これが頻度分析です。
実際の暗号文はこんなに簡単にはいきませんが、エニグマ解読シーンにも使われているほどこの頻度分析は基本であり主要な技術なんですね。
(アランはヒューに対して「その解読は偶然だ、自分はどんな暗号も瞬時に解読できる機械を作る」と反論していて、実際に頻度分析がエニグマ解析に有効だったのかはわかりませんが)
本書には頻度分析を使った暗号解読の例題まで載っていて、具体的な解法までイメージすることができます。
ヴィジュネル暗号
ヴィジュネル暗号は、多アルファベット換字式(多表式)暗号の一種。
単アルファベット式暗号が頻度分析によって解読可能となったために、より強い暗号が求められていた状況で考案されたものです。
ヴィジュネル暗号では「ヴィジュネル方陣」と呼ばれるアルファベット表をもとに、複数の暗号アルファベットを使って暗号化をします。

文字ごとに使用する暗号アルファベットの行を変えることで、同じ文字でも異なる暗号に変換することができるため、頻度分析が効かなくなります。
この場合、どの文字がどの行で暗号化されているかが鍵となります。
映画の中でアランが友人クリストファーとやりとりしていた手紙の暗号文は、おそらくこのヴィジュネル暗号ですね。
クリストファーから送られた手紙を、アランはヴィジュネル方陣を使いながら復号していました。
ビール暗号
映画に出てくるビール暗号についても本書では詳細に解説されています。映画では、多くの人が「ビール暗号ってなに...?」と思ったまま映画は進んでいくと思うんですが。
映画内でスパイとされる人物が使っていたビール暗号も暗号化手法の1つで、暗号文は数字で構成されます。
Historicair, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons |
鍵は何らかの文書。ビール暗号の発祥である「ビール文書」では『アメリカ独立宣言書』が鍵となっていて、暗号文の数字は独立宣言の何語目の単語かを示しています。
たとえば123という数字は、独立宣言の最初から123番目の単語の頭文字に置き換えるという具合。
映画ではマタイ伝第7章が鍵だとされていました。
アランが「自分はスパイじゃない」とヒューに話したとき、ヒューは「当たり前じゃないか。あのビール暗号を解いた。君には簡単すぎる」と答えるシーンがありました。
このシーンもビール暗号を知らないと何も考えずにスルーしそうになりますが、本書を読むと
ヒューはマタイ伝第7章が鍵であることをよく突き止めたな
というところまで実感できる。
ビール暗号を解く=鍵となる文書を突き止めるということです。
鍵の可能性のある文書は無数にあります。数字の羅列を見て、鍵となる文書を突き止めるのは並大抵なことではないはず。聖書は簡単な鍵なのか?
エニグマの仕事で忙しいヒューがいったいいつどうやって解読したのか、といらぬ疑問まで生まれてしまうかもしれません。ま、そのくらいヒューは優秀なんだってことにしておきましょう。
エニグマの仕組みと難しさとは
エニグマのような複雑な暗号を生成する暗号機も、実は換字式暗号(多アルファベット換字式)を基本としていて、もとをたどればシンプルな仕組みというのは興味深いポイントです。
ではエニグマ解読の難しさは何かというと、
- 複数回換字する
- 換字の仕組みが複数パターンある
このかけ合わせによって莫大な数の鍵が生まれている点にあります。
暗号はアルゴリズムと鍵によって暗号化されますが、暗号が安全であるためには鍵が秘密にされるとともに鍵の候補が多いことが重要です。
鍵の候補が多ければ多いほど、鍵を見つけるのが難しくなるからです。
エニグマ使用中も暗号は強化されていた
また本書で興味深かったのは、ドイツ軍が暗号強化のためにエニグマの運用や性能を変化させていた点です。
最初は文字を繰り返したメッセージ鍵を使っていたが、あるときから繰り返しは止めたこと、途中でスクランブラーの数を増やしたことなど。
ドイツ軍はエニグマは破られないだろうと考えて暗号機として採用し、実際信用していたと思いますが、戦争が進む中で暗号の弱点を補うような対策を随時取っていたんですね。
ポーランドやイギリスも、ドイツ軍が暗号を強化してくる前提で解読手法の研究をしていた。
結果的にはエニグマは解読され、エニグマ暗号を過信したドイツが負けたことになりましたが、ドイツもエニグマの安全性に胡坐をかいていたわけではなさそうだということがわかります。それでも、解読者が勝った。
大規模な戦争で暗号を運用する難しさを感じました。
解読できなければ、鍵を盗む
エニグマ暗号による通信網は、いくつかに分かれていたようです。地域や軍によって異なる日鍵(コードブック)が使われていたため、それぞれの日鍵を突き止める必要がありました。
イギリスの暗号解読者たちは多くのエニグマ暗号を解読しましたが、なかには解読できないものもあったようです。
特に海軍のエニグマはスクランブラーやレフレクターの性能が他よりも高く、メッセージの定型化も避けていたため、解読はほぼ不可能だったようです。
こんなときにどうしたのかというと、イギリス軍は物理的に鍵(コードブック)を手に入れようとしたんですね。本書内では、ドイツ軍の気象観測船やUボートを襲う「押し込み強盗」作戦により、必要な鍵を手に入れたことが述べられています。
暗号が解けなければ、鍵を盗めと。
危険を伴う大胆な作戦だったはずですが、それほどまでに海軍の暗号解読が必要だったということなんですね。
『暗号解読(上)』書誌情報
書籍名:暗号解読(上)
著者:サイモン・シン
訳者:青木薫
出版社:新潮社
発売日:2007年06月28日
- スコットランド女王メアリーの暗号
- 解読不能の暗号
- 暗号機の誕生
- エニグマの解読
上巻では、暗号の歴史をエニグマに至るまで振り返っています。下巻もありますが、エニグマを知りたければ上巻だけでもOK。
映画『イミテーション・ゲーム』は、暗号についての事前知識がないと初見では「???」となる部分があるので、観る前後に『暗号解読』上巻を読むと映画の理解も深まると思います。
文字を入れ換える。表を使う。古代ギリシャの昔から、人は秘密を守るため暗号を考案してはそれを破ってきた。密書を解読され処刑された女王。莫大な宝をいまも守る謎の暗号文。鉄仮面の正体を記した文書の解読秘話…。カエサル暗号から未来の量子暗号に到る暗号の進化史を、『フェルマーの最終定理』の著者が豊富なエピソードとともに描き出す。知的興奮に満ちた、天才たちのドラマ。
『暗号解読』(新潮文庫)
映画『イミテーション・ゲーム』
映画の原作