『外国語学習の科学』第二言語習得の仕組みを知って語学学習に活かす

『外国語学習の科学』第二言語習得の仕組みを知って語学学習に活かす

私が『外国語学習の科学──第二言語習得論とは何か』を最初に読んだのは、スペイン語学習に行き詰まり、何をやっても上達を感じられなくなっていた頃のことでした。

スペイン語圏で暮らし、ある程度話せるようになり、そこまで不自由はなくなったが、そこからが一向に伸びない。

何でも良いからとにかく語学上達のためのヒントがほしい、と思って読んだ本です。

この本は、いわゆる語学学習のハウツー本ではありません。

「第二言語習得論」つまり外国語を習得するとはどういうことかを、興味深い研究成果とともに教えてくれる本です。

  • どんな学習者が外国語習得に成功する?
  • 外国語学習の適性って?
  • インプットとアウトプット、どちらが重要?
  • 外国語の習得に必要な条件とは?

などなど。

「外国語の習得」という事象を科学的根拠とともに俯瞰的に捉えることができるので、自分のこれまでの学習方法は科学的に見てどうだったのか、今後どういうことに取り組むべきなのかなど、語学に取り組むときのヒントと学習の指針を与えてくれます。

第二言語習得論─言語習得の仕組みを理解すれば、手立ても講じやすい

外国語学習は暗中模索

本書は、暗中模索で進まなければならない語学学習の指針となってくれるものだと思います。

中級以上の語学学習者で、いま自分がやっている学習法は効果があるものだと自信を持って言える人、自信を持って取り組めている人はどのくらいいるでしょうか。

文法を終えて、自分の言いたいことはだいたい言えるようになって、相手が言っていることもだいたいわかるようになって、コミュニケーションはだいたい取れる、という状態からさらに上達するための学習法のことです。

巷にはいろんな学習法があふれていて、「〜〜の効果がある」とうたわれているものも多いですが、結局、やっている自分がどう感じるかだと思うんですよね。

その学習法で、自分が効果を感じられているか。その学習法を信じて、効果が出るまで継続できるか。

語学ってある程度のレベルまで来たときに、どれだけやっても、何をやっても、上達している感じがしないことってないですか?

私はめちゃくちゃありました。

当時はスペイン語の個人指導も受けていて、先生からも「ある程度まで上達したら、停滞は誰もが通る道」と言われましたがまったく慰められず、自分の中では負の感情ばかり湧いていました。

  • どうしてもっと聞き取れないんだろう
  • どうしてもっとうまく話せないんだろう
  • 文法はわかってるのになんで話せない?
  • 自分が今やっている学習方法は正しいんだろうか?
  • この方法に本当に効果はあるんだろうか?
  • もっと効率の良い学習方法があるんじゃないか?
  • どんなことに重点的に取り組めば良いのかわからない
  • ディクテーション?
  • とにかくスピーキングだろうか?
  • 検索でもしてみるか
  • はぁ。結局わからない。楽しくない

という感じ。

一度こう考え始めてしまうと、何をやってもその取り組みの効果に疑念を持つことになって、学習に集中できない。

今思えば、そのときはそのときなりに多少は力がついていたんじゃないかとは思うんですが、当時は自分のできない部分ばかりにフォーカスしてしまっていたし、自分の取り組みを信じられなかった。

だって上達してる気がしないんだもん。

だから、これやってて意味あるのかな? っていう疑念が常に湧くんですね。

言語習得の研究結果は、語学学習の指針となる

長々と書きましたが、本書はまさにそういう人(昔の私)に向けた本だと思います。

なぜかというと、第二言語習得論という研究に基づいて「外国語習得のメカニズム」を科学的に説明してくれるから。

研究結果という根拠を提示してくれるんですよ。

語学学習法の多くは個人(学習者や講師)の経験に基づいて「これ効果あったよ」と紹介されていることが多いですし、自分自身も経験的に効果がありそうだと考えている学習法に取り組むと思います。

おそらく、初学者〜中級者に至るまではそれで良いんだと思う。基本の語学の勉強方法って大枠はそんなに変わらないし。

でも中級以降になるとまた違ってきますよね。人によって何をどのようにやるべきか変わってくるし、学習法の取捨選択ややり方の工夫も必要になってくる。で、自分の取り組みに効果を実感できないと疑念を抱いてしまうという。

こういうとき、根拠があれば考え方も変わります。

根拠に基づいて、自分のやってきたこと、やっていること、これからやるべきことを俯瞰して判断できるのです。

それまで自分の経験とか感覚とかなんとなくの勘とかで進めてきた学習に、根拠が得られることは大きいです。

コンパスがないままなんとなく北に向かっていたつもりだったところにコンパスを得たみたいな感じ? 経験や勘が合っていて実際に北に向かえていたのか、まったく逆方向に進んでいたのか。コンパス(=この本で紹介されている言語習得に関する研究成果)があればわかります。

中級以降は、語学学習の成果を実感するには時間がかかるようになってくると思います。初級の頃と比べると、上達の右肩上がりのグラフがどんどんなだらかに、横ばいになっていくイメージ。

こういうときに重要なのは学習の継続ですが、その継続すべき学習法が何かわからないし、効果を感じられないから続けにくい。

でも根拠があれば、短期的には効果が出なかったとしても(少なくとも自分の勘よりは)信じて学習を進めることができます。これは非常に重要なことだと思います。

自分の語学学習を客観的に振り返る

また私の場合、本書を読んだことで自分の状況を客観的に捉えることができました。

「できない自分」を一旦置いておいて、冷静にフラットな目線で語学学習を振り返ることができたというか。

たとえば、スピーキングが全然向上しなくて悲観的になっていても、「インプットの理解が重要」という研究例を知ると当時講義でスペイン語をひたすら聞いて理解する努力をしていたことにも十分意味があったという裏付けを得られた気になり、悲観的な気持ちは低減しました。

本書内で紹介されている「全身反応教授法」についても、たまたま習い事やヨガのレッスンで同じことをしていて、知らないうちにスペイン語力の向上に寄与していたであろうことにも気づきました。

また、文法はわかっているし教科書に書いてあることはだいたい理解しているのに思うように話せないという状況に、どうすれば良いかわからない辛さを感じていましたが、本書にはこんなことが書いてあります。

  • 「言語はルールでは割り切れない」ということを知っておくことはじつは大事
  • ルールですべて割り切れると思っていると、そうでない時にフラストレーションがたまり、外国語学習がいやになってしまうことがある
  • 「曖昧性を容認できる」という性質が外国語学習の成功に結びつくという研究結果もある

あっ。そうなんだ。そんなこと、誰も教えてくれなかった。そうだったんだ。じゃあ、そう思おう。

そんな感じで、気持ちが軽くなる。この感覚、なんかよくわからない漠然とした不安に拘束されていた状態から解放してくれるような感覚は、停滞感のなかにいると大きな助けになります。

学習に行き詰まっているとモチベーションは低下するし気持ちもネガティブになりがちですが、研究結果を冷静に説明されると自分も冷静になってきて、自分の状況をフラットに受け入れられる。

実はできていること、実は効果的なトレーニングをちゃんとやっていたんだ、ということにも目を向けられるし、じゃあ次は何をやれば良さそうか、何をやるべきなのかということも自分で前向きに考えられる。根拠があるから。

「あなたは喋れてるから大丈夫よ」とか「もっと人と話さなきゃ!」とか「上達しない時期はみんな経験するから仕方ないのよ」とか根拠なく励まされるよりよっぽど自分の気持ちを立て直すことができます。

だからこの本は、語学学習をこれから始める人よりは、現在学習に行き詰まっている人、課題や停滞感を感じている人におすすめ。

真摯に語学に取り組んでいる人には、本書から何かしら得られるものがあると思います。

逆に、これから語学に取り組もうとしていて「このロードマップ通りにやれば語学は効率的に習得できる!」的な具体的なハウツーを求める人には向かないと思います。

そういう人にはまず『外国語上達法』をおすすめしたい。すごーく面白い本です。

『外国語上達法』ユーモアあふれる語学上達の指南書

『外国語上達法』ユーモアあふれる語学上達の指南書

『外国語上達法』は非常に楽しい語学本です。これから語学を始める人に向けて、語学学習の基本と心構えをユーモアたっぷりに説いてくれます。

語学習得のカギは「インプット」+「アウトプットの必要性」

本書で紹介されているさまざまな研究結果は興味深いものばかりですが、日本人的に一番「おっ?!」と思うのは、

語学習得のカギは「インプット」+「アウトプットの必要性」

という部分ではないでしょうか。

なんか日本人って読み書きはできて話すのが苦手っていう自覚があるからか、とにかく話す訓練をしなきゃだめ! みたいに言う人って多くないですか?

でもこれまでの研究結果からわかるのは、アウトプットそのものは言語習得の必要条件ではない、ということのようです。これは意外。すごく意外。

言語習得においては、インプットの理解が重要なメカニズムとのこと。「学生に無理に話させることをしない」という教授法で、リスニング能力が他の三技能(話す、読む、書く)にも転移したという結果も非常に興味深かった。

とはいえ、インプットだけで言語習得をすることも不可能です。では何が必要なのかというと、インプットに加えて「アウトプットの必要性だというんですね。

これらを考えあわせると、言語習得に必要な最低条件は、「インプット」+「アウトプットの必要性」ということになります。アウトプットそのものはしなくても(実際に話さなくとも)、インプットとアウトプットの必要性さえあれば、頭の中でリハーサルをすることによって、話せるようになる、という仮説が立てられます。

『外国語学習の科学-第二言語習得論とは何か』(岩波新書)

この「リハーサル」説は、もっと広まっても良いと思う。ひとりごとでも十分トレーニングになるということです。

本書の目的は、第二言語習得研究の成果をわかりやすく伝えることとされています。

第二言語習得論はまだ新しい研究分野ということで、まだわからないことも多いようですが、これまでの研究によって明らかになったさまざまな研究成果を少しでも知ることで、学習者・教育者がどのように語学学習に取り組むべきかの道筋を示してくれます。

筆者の白井恭弘先生は高校の英語教員を経てアメリカで言語学を教授されているということで、先生ご自身の経験やエピソードもところどころで触れられているのも興味深かったです。

興味のある方は、本書でぜひ詳細をチェックしてみてください。

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